先週の木曜日(10月11日)のボクシング世界チャンピオン戦から1週間、昨日の亀田側の謝罪会見で、ようやく後味の悪かった騒動に一応の終止符が打たれました。
しかし、はるかそれ以前の別の世界チャンピオン戦での「疑惑の判定」での観客とのゴタゴタをはじめとして、筆者はあの一家の実力を疑うような派手で悪趣味なパフォーマンスと、それを囃し立てる某テレビ局の偏った取り上げ方には疑問と嫌悪感を抱いていました。
昨日の記者会見を見ていても、無期限ライセンス停止というペナルティを課せられた亀田司郎氏は、本当に自分たちの犯したスポーツマンシップに反した行為を反省しているのかどうか、そんな様子はあまり感じられませんでした。そして、あのテレビ局も一連の偏った取り上げ方のもたらした結果でもある、今回の問題に関して何のコメントも出していませんが、これにも合点がいきません。
今回の騒動は、人のあるべき姿や間違いを犯したときの責任の取り方についても、考えさせられるところが多かったように思います。
まずはじめに、目的(この場合は勝つことですが)は手段を正当化しないということ。もっと平たく言いますと、勝つためにはズルをせず、正々堂々とフェアに戦え・・・ということです。「若さ」や「未熟さ」は免罪符にはなりません。
筆者は常々、ある人間が真っ当かどうかは、その人の目的や主張の中身ではなく、その人がどういう手段でその目的を達成しようとしているかで判断したほうが的を得た判断ができると、考えています。正しい目的はそれにふさわしい正しい手段で達成するべきです。しかし、残念ながら今の日本では「結果よければすべて好し」という悪しき風潮がまかり通っているように思えてなりません。今回の騒動もそんな時代の風潮を反映したものだったかもしれません。
次に、間違いを起こしたら、すぐにそれを自らただし、謝罪すべき相手には謝罪すること。
これはひとの上に立つもの、特に大勢の従業員とその家族の生活を担っている経営者には特に大事なことだと思うのです。その人の人間性はその人が間違いを犯したとき、どのような態度をとるかによって如実に露呈されます。優れた経営者の資質のひとつは決断が早いと同時に、それが間違ったものであることに気がついたときは、即座にそれを改めることができる「潔さ」にあるのではないでしょうか。「過ちを改めるに憚ることなかれ」です。
最後に、目下の人間(子供や部下)は目上の人間(親や上司)のいうことは聞いているようで、実際は聞いていないが、それとは裏腹にやっていることや考えていることはよく見ており、実際の行動はそれによって影響されるということです。
「人は40を過ぎたら自分の顔に責任を持つべし」はアメリカ16代大統領リンカーンの言葉だそうですが、この意味するところは、(1)その人の人間性は年月を経ると顔に自ずと表れる、(2)年をとれば日々の顔(何に怒り、何を喜び、何を蔑み、何を尊ぶか・・・)を周りの者(子供や部下など)はよく観ており、その顔の有様がそうした人たちに影響をあたえるから、顔に責任を持て・・・ということだと解釈しています。
自分の子供や部下が何か不祥事を起こした場合、やはり親や上司は日頃の自分たちの行動や価値観に問題がなかったかどうか、反省すべきでしょう。
今回の騒動の大元は父親たる司郎氏の指導が直接の原因ではありますが、それ以前にその生き方や考え方が子供たちの精神や魂に植えつけられていたからではないでしょうか。
とにかく、いろいろと考えさせられることの多い出来事でした。
しかし、はるかそれ以前の別の世界チャンピオン戦での「疑惑の判定」での観客とのゴタゴタをはじめとして、筆者はあの一家の実力を疑うような派手で悪趣味なパフォーマンスと、それを囃し立てる某テレビ局の偏った取り上げ方には疑問と嫌悪感を抱いていました。
昨日の記者会見を見ていても、無期限ライセンス停止というペナルティを課せられた亀田司郎氏は、本当に自分たちの犯したスポーツマンシップに反した行為を反省しているのかどうか、そんな様子はあまり感じられませんでした。そして、あのテレビ局も一連の偏った取り上げ方のもたらした結果でもある、今回の問題に関して何のコメントも出していませんが、これにも合点がいきません。
今回の騒動は、人のあるべき姿や間違いを犯したときの責任の取り方についても、考えさせられるところが多かったように思います。
まずはじめに、目的(この場合は勝つことですが)は手段を正当化しないということ。もっと平たく言いますと、勝つためにはズルをせず、正々堂々とフェアに戦え・・・ということです。「若さ」や「未熟さ」は免罪符にはなりません。
筆者は常々、ある人間が真っ当かどうかは、その人の目的や主張の中身ではなく、その人がどういう手段でその目的を達成しようとしているかで判断したほうが的を得た判断ができると、考えています。正しい目的はそれにふさわしい正しい手段で達成するべきです。しかし、残念ながら今の日本では「結果よければすべて好し」という悪しき風潮がまかり通っているように思えてなりません。今回の騒動もそんな時代の風潮を反映したものだったかもしれません。
次に、間違いを起こしたら、すぐにそれを自らただし、謝罪すべき相手には謝罪すること。
これはひとの上に立つもの、特に大勢の従業員とその家族の生活を担っている経営者には特に大事なことだと思うのです。その人の人間性はその人が間違いを犯したとき、どのような態度をとるかによって如実に露呈されます。優れた経営者の資質のひとつは決断が早いと同時に、それが間違ったものであることに気がついたときは、即座にそれを改めることができる「潔さ」にあるのではないでしょうか。「過ちを改めるに憚ることなかれ」です。
最後に、目下の人間(子供や部下)は目上の人間(親や上司)のいうことは聞いているようで、実際は聞いていないが、それとは裏腹にやっていることや考えていることはよく見ており、実際の行動はそれによって影響されるということです。
「人は40を過ぎたら自分の顔に責任を持つべし」はアメリカ16代大統領リンカーンの言葉だそうですが、この意味するところは、(1)その人の人間性は年月を経ると顔に自ずと表れる、(2)年をとれば日々の顔(何に怒り、何を喜び、何を蔑み、何を尊ぶか・・・)を周りの者(子供や部下など)はよく観ており、その顔の有様がそうした人たちに影響をあたえるから、顔に責任を持て・・・ということだと解釈しています。
自分の子供や部下が何か不祥事を起こした場合、やはり親や上司は日頃の自分たちの行動や価値観に問題がなかったかどうか、反省すべきでしょう。
今回の騒動の大元は父親たる司郎氏の指導が直接の原因ではありますが、それ以前にその生き方や考え方が子供たちの精神や魂に植えつけられていたからではないでしょうか。
とにかく、いろいろと考えさせられることの多い出来事でした。
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