ハマの「ものづくり」コンサル会社奮闘記

〜シニアコンサルタントは見た。これが日本のモノ作りの現場だ!〜 現場は無理・無駄・難題の宝庫で、唖然呆然の毎日・・・彼らの目に映るものは、ありふれた日本のメーカーが抱える悩みや課題ばかりだ。

時津風部屋暴行事件に思う

自民党の総裁選と新内閣の組閣で、騒がしかった2週間もようやく静まるかと思っていた矢先に、今度は相撲界を揺るがす大事件が起こりました。
今年入幕したての力士を師匠や兄弟子たちが寄ってたかって暴行し、死に至らしめてしまったというのです。

時津風部屋はJR両国駅の目と鼻の先にあり、前人未到の69連勝で有名な名力士双葉山の年寄名に因んで命名された由緒ある部屋です。
私事ですが、三十代半ばで坐骨神経痛を患い、時津風部屋のすぐ近くにある名医と評判の接骨医に観てもらいに通院していた頃、時津風部屋の力士と思しき患者さんが診察室に横たわっているのを目にしたことがありましたが、その体の大きさ、特に厚みのすごさにびっくりしたのを覚えています。

両国といえば「両国国技館」、いわば相撲のメッカの地に部屋を構える名門部屋での前代未聞のこの不祥事は、横綱朝青龍問題(仮病疑惑から二場所出場停止)など吹っ飛ばし、角界の今後の命運をも左右する大事件になりそうな気配が濃厚です。
朝青龍問題が親方や相撲関係者の「甘やかし」が生んだ問題とすれば、今回の「暴行致死事件」は閉ざされた社会での「いじめ」が昂じたもので、いずれもマネージメント不在の現場で発生した対極的な破綻の証(あかし)のような気がします。

いずれもマネージメントの直接の責任は親方にありますが、その周辺にきちんとサポートする「参謀」的な人材がいれば、当事者たちが暴走して事が大きくなる前に、適切な措置が取られたのではないでしょうか。
そういえば、安倍前首相の突然の辞任劇も、周囲に本人の負担を軽減できるような有能な参謀がいなかったことも、起因しているように思われます。

かつての日本では、ひとの心の微妙な動きや人情の機微を斟酌して、とかくギスギスしがちな最前線の現場の潤滑油あるいはバッファー的な存在として、陰で組織を支える人間がいたように思います。
本当に有能なマネージャーはそうした目立たない人間の価値を認めて、時には自分の悩みや愚痴をそうした人間に打ち明けていた・・・という例もかつて筆者は身近で経験しました。

経営の合理化や、成果主義がもてはやされ、目に見えないものの価値が評価されなくなった時代には、そうした余裕は許されなくなったのでしょうか。
さびしい時代になったものです。

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「ミスター」の妻、亜希子さんの余りにも早すぎる死去

先月から今月はいろいろとショッキングな出来事が続きましたが、「ミスター」こと長嶋茂雄読売巨人軍終身名誉監督の妻亜希子さんの一昨日(9月18日)の急死は、日本中が驚き、悲しんだことでしょう。

筆者は新婚時代の5年間を新丸子(長嶋家のある田園調布とは多摩川を挟んで隣接)で過ごし、休日には多摩川を渡って巨人軍の練習場界隈を散歩したり、住んでいたマンションの同じフロアに巨人軍の選手がおり、ご近所付き合いをしていた関係で、ミスターの第1次監督時代の話も聞くなど、人一倍身近に感じていましたので、余計にショックでした。

今までの人生で、「こんな美しいひとが世の中にいるなんて・・・」と感嘆したことが二度あります。一度目は今上皇后の美智子様、二度目が亜希子さんです。

しかし、才色兼備で気丈という、美人の条件をすべて兼ね備えた亜希子さんでも、国民的英雄のミスターをここまで影で支えてくるには、並大抵のご苦労ではなかったに違いありません。
あれだけ誰からも愛されたミスターは、いわば日本一外面のいい亭主でもあり、多分家では日本一わがままな亭主になれる権利も持っていたはずです。(実際その権利を行使したかどうかは定かではありませんが)
ですから、選手時代も監督時代もストレスは「ミスター」以上に感じていたことでしょう。

長い夫婦生活では監督解任後の12年間の夫の浪人生活など、ひとにいえない心労もあったことでしょうが、そんなことはおくびにも出さずに気丈に生きて、ようやく自分の好きな生き方ができるという矢先の死だけに、他人事とは思えない悲しみを覚えます。

今後、心配なのは日本一の伴侶を失ったミスターがすっかり気落ちして、生きる張り合いを失ってしまうのでは・・・ということです。しかし、「ポジティブ思考の塊」で日本一よい友達(王さん、金田さん、高倉健さんなど)に恵まれているミスターですから、きっと悲しみを乗り越えて、再び我々に元気を分けてくれる日がくることを信じましょう。
今の日本に一番必要なのは、いつの時代も燦然と輝き続ける「ミスター」のような存在なのですから。

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突然の安倍首相辞任表明に思う

7月の参議院選での自民党の歴史的大敗で、遅かれ早かれ年内にはこの日が来ることを予想していましたが、それは余りに唐突でした。

無表情で、抜け殻と化した首相本人の淡々とした記者会見の模様は、ほとんど印象に残りませんでしたが、記者団からマイクを向けられた渡辺内閣府特命担当大臣(規制改革担当)の長い絶句と沈黙のあとの、無念の涙がその衝撃の大きさを雄弁に物語っていたように思います。

今回の辞任劇は会社にたとえれば、社長が年に1度の株主総会で経営方針を発表後、株主たちとの質疑応答の直前に総会出席をドタキャンし、突如辞任表明をするようなもので、とても一般社会では考えられないことです。
察するに、安倍首相はこの1年間の思うに任せない政権運営で、知らず知らずのうちに、心身ともに疲労が蓄積し、昨日のような精神的な崩壊(いわゆる「壊れてしまった」状態ですね)に至ったのではないでしょうか。

総理は、その温厚で優しい性格に惹かれた多くの議員たちから支持され、担がれて今の地位に昇り詰めました。本当に順風満帆を絵に描いたような人生だったことでしょう。
しかし、順風満帆な人生が果たして一国のリーダーとして相応しいものだったかどうかは大いに疑問です。人間のあらゆる欲望と権謀術数が渦巻く「海千山千」の政治の世界は、何不自由なく育った名門の「お坊ちゃま」が「お友達内閣」で仕切れるほど甘いものではありません。

今回の出来事を契機として、改めて議員の世襲を禁止する立法措置(父親や祖父と同じ選挙区からの立候補を禁止)が必要だと感じているのは筆者だけでしょうか。政治家は家業ではありません。もし、自民党の議員たちが今日のような機能不全の政党にしてしまったことを本当に反省し、国民に対してその責任を感じているのなら、野党民主党にも呼びかけて、この法案を成立させるべきでしょう。

会社の場合も株式を上場した場合、その会社は公器ですから世襲は許されないと思います。もし、世襲をしたいなら上場せずに「家業」として営んでいくべきでしょう。

今回の衝撃的な出来事は、国家と会社を問わず、組織のリーダーたる者の資質やそのあり方について、様々なことを示唆してくれます。今はまだ唖然・呆然の「自失状態」から完全に立ち直れない状況ですが、このことはこれからも考えていきたいものです。

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