■はじめに
昨年の11月も終わりに近いある日、経営コンサルタントとしての名声をほしいままにし、今は第一線を退いている船井幸雄氏の講演会がありましたので、聴きに出かけました。
講演のテーマは「2008年はどうなるか? 〜超人船井幸雄の近未来予測〜」というような内容だったと思います。
冒頭から船井氏は、来年(2008年)から4〜5年は「大変化」の年が来ると断言しました。
氏曰く、景気はメチャメチャ悪くなり、日本の場合、金利は上がり、年末には1ドル80円になっても不思議ではない・・・
8月に表面化した、サブプライム問題に端を発する世界的な金融不安はその後も好転する兆しが一向に見えなかったため、こうした悲観論も決してとっぴなものではありませんでしたが、その後の世界経済の動向を見ていますと、船井氏の世界経済の先行きに関する予測はかなり核心をついた卓見だったことが分かります。
今回から何回かに分けて、変化の激しい経済環境にあって、会社のなかで基本的にはほとんど何も変わらないまま今日に至り、ついに変化の矛先が向けられつつある「業務や組織」について論じていきたいと思います。
シリーズ第1回は「人事部なんていらない!」です。
■リストラとは無縁な「社内旧守派」の牙城?
会社勤めをしていたことがある人間で、何となく敬遠したい人種として、真っ先に「人事(勤労)部門のひとたち」を思い浮かべるのは筆者だけでしょうか。
とかく人事部というとどうしても「ヒト」の管理という面ばかりに目が向けられてしまい、筆者のような社員の側からは煙たがられる存在になってしまっている例が多いように思われます。
これは根拠のない「先入観」や「思い込み」に根付いた面もありますが、その一方で人事部に代表される「本社の雲上人たち」のこれまでの仕事ぶりに対する現場の不満不平が蓄積され醸成されてきた結果でもありそうです。
思い起こせば、戦後日本の会社は次々と降りかかってくる様々な成長阻害要因を個々の現場の創意工夫と機転、血の滲むような合理化努力や生産性向上、リストラなどでかろうじて乗り越えてきました。
しかし、現場の苦しみや頑張りを尻目に会社の中にはまだリストラや生産性とは無縁な部門も残っていたことに目が向けられるときがやってきたようです。
最近、社長自ら「人事部なんていらない」と公言し、独自の人材育成を始めた一部上場会社があります。
それとは別に、テレビや雑誌で引っ張りだこの経済評論家 森永 卓郎氏も以下のように自著の中でコメントしています。
---------------------------------------------------------------------------
リストラの嵐が日本中を吹き荒れている。ブルーカラーもホワイトカラーも,中高年も若者も,昨日まで何ごともなく普通に仕事をしていた善良なサラリーマンに,突然リストラの魔の手が忍び寄る。一度リストラされたら,そう簡単には元の労働条件は取り戻せない。だから日本中のサラリーマンが頭を低くしてこの嵐が過ぎ去るのをただじっと待ちつづけている。
(中略)
「こんなことになるなら,市場原理の導入などやらなければよかったんだ」
そんな声もあちこちから聞こえるようになった。規制緩和,金融ビッグバン,機会の平等と自己責任……。バブル崩壊後に次々に行われた経済構造改革の政策は,電気通信料金の低下や航空運賃の多様化など,たしかに国民生活を豊かにするプラスの効果をもたらした。だが,虎の子の金融資産が一瞬で紙くずになってしまったり,自分の働き場が突然消失したりといった深刻な副作用があるのだったら,そんなもの始めから要らないと思う国民がいて当然であろう。
とはいえ,中長期の視点でみれば経済構造改革を押しとどめることはできない。
(中略)
であれば,日本経済は市場原理主義への移行の中で,ずっと混迷を続けなければならないのか。いまの辛い状態は永遠に続くのだろうか。
そんなことはない。実はいまの日本で「暴走」しているのは,市場原理ではない。暴走しているのは,日本の企業,とりわけ人事部,企画部,役員会といった日本企業の「大本営」なのである。
p.8〜9 リストラと能力主義 (講談社現代新書) (新書)
森永 卓郎 (著) より
---------------------------------------------------
次号では、筆者が実際に見聞きした事例を交え、人事部を取り巻く「変化の嵐」についてお伝えしましょう。
(次号に続く)
昨年の11月も終わりに近いある日、経営コンサルタントとしての名声をほしいままにし、今は第一線を退いている船井幸雄氏の講演会がありましたので、聴きに出かけました。
講演のテーマは「2008年はどうなるか? 〜超人船井幸雄の近未来予測〜」というような内容だったと思います。
冒頭から船井氏は、来年(2008年)から4〜5年は「大変化」の年が来ると断言しました。
氏曰く、景気はメチャメチャ悪くなり、日本の場合、金利は上がり、年末には1ドル80円になっても不思議ではない・・・
8月に表面化した、サブプライム問題に端を発する世界的な金融不安はその後も好転する兆しが一向に見えなかったため、こうした悲観論も決してとっぴなものではありませんでしたが、その後の世界経済の動向を見ていますと、船井氏の世界経済の先行きに関する予測はかなり核心をついた卓見だったことが分かります。
今回から何回かに分けて、変化の激しい経済環境にあって、会社のなかで基本的にはほとんど何も変わらないまま今日に至り、ついに変化の矛先が向けられつつある「業務や組織」について論じていきたいと思います。
シリーズ第1回は「人事部なんていらない!」です。
■リストラとは無縁な「社内旧守派」の牙城?
会社勤めをしていたことがある人間で、何となく敬遠したい人種として、真っ先に「人事(勤労)部門のひとたち」を思い浮かべるのは筆者だけでしょうか。
とかく人事部というとどうしても「ヒト」の管理という面ばかりに目が向けられてしまい、筆者のような社員の側からは煙たがられる存在になってしまっている例が多いように思われます。
これは根拠のない「先入観」や「思い込み」に根付いた面もありますが、その一方で人事部に代表される「本社の雲上人たち」のこれまでの仕事ぶりに対する現場の不満不平が蓄積され醸成されてきた結果でもありそうです。
思い起こせば、戦後日本の会社は次々と降りかかってくる様々な成長阻害要因を個々の現場の創意工夫と機転、血の滲むような合理化努力や生産性向上、リストラなどでかろうじて乗り越えてきました。
しかし、現場の苦しみや頑張りを尻目に会社の中にはまだリストラや生産性とは無縁な部門も残っていたことに目が向けられるときがやってきたようです。
最近、社長自ら「人事部なんていらない」と公言し、独自の人材育成を始めた一部上場会社があります。
それとは別に、テレビや雑誌で引っ張りだこの経済評論家 森永 卓郎氏も以下のように自著の中でコメントしています。
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リストラの嵐が日本中を吹き荒れている。ブルーカラーもホワイトカラーも,中高年も若者も,昨日まで何ごともなく普通に仕事をしていた善良なサラリーマンに,突然リストラの魔の手が忍び寄る。一度リストラされたら,そう簡単には元の労働条件は取り戻せない。だから日本中のサラリーマンが頭を低くしてこの嵐が過ぎ去るのをただじっと待ちつづけている。
(中略)
「こんなことになるなら,市場原理の導入などやらなければよかったんだ」
そんな声もあちこちから聞こえるようになった。規制緩和,金融ビッグバン,機会の平等と自己責任……。バブル崩壊後に次々に行われた経済構造改革の政策は,電気通信料金の低下や航空運賃の多様化など,たしかに国民生活を豊かにするプラスの効果をもたらした。だが,虎の子の金融資産が一瞬で紙くずになってしまったり,自分の働き場が突然消失したりといった深刻な副作用があるのだったら,そんなもの始めから要らないと思う国民がいて当然であろう。
とはいえ,中長期の視点でみれば経済構造改革を押しとどめることはできない。
(中略)
であれば,日本経済は市場原理主義への移行の中で,ずっと混迷を続けなければならないのか。いまの辛い状態は永遠に続くのだろうか。
そんなことはない。実はいまの日本で「暴走」しているのは,市場原理ではない。暴走しているのは,日本の企業,とりわけ人事部,企画部,役員会といった日本企業の「大本営」なのである。
p.8〜9 リストラと能力主義 (講談社現代新書) (新書)
森永 卓郎 (著) より
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次号では、筆者が実際に見聞きした事例を交え、人事部を取り巻く「変化の嵐」についてお伝えしましょう。
(次号に続く)
■弊社コンサルタントの生々しい実体験
<会社A(サービス業)>
推進事務局のみで孤軍奮闘、一般社員は無関心、社長もノータッチで最悪のパターン。
結局ISOの取得は行わなかったが、業務マニュアルや職場環境の整備(整理整頓)などはISOが契機となって進展した。そのことだけでも満足してもらえたようだ。
<会社B(サービス業)>
ISO取得後、1年半で減収にも拘わらず増益を果たした。
もともと客先とのトラブルが絶えない会社で、仕事のイロハがなっていなかったところに、ISOの導入で「当たり前のことを当たり前にやりましょう」という改善をちょっとやっただけ。
その会社にコンサルのために出張する前の晩も9時ごろ、急遽翌日の打ち合わせキャンセルの電話があった。何のことはない、その会社が返品のトラブルに遭遇し、休日出勤で手直ししているのでとてもISOなどにかまっている余裕はないとのこと。
しかし、あとでよくよくそのトラブルの原因を探っていったところ、営業部員が客先での商談時にノートすら取っていないことが判明。「客先ではノートを取りましょう」という当たり前のことを実行してもらったところ、その種のトラブルは激減。
<会社C(建設業)>
工場から部材と工具を運び、現場で組み立てを行っているが、標準的な工具と部材は工事用車両に常備しているものの、積み忘れによる「出直し出動」で工事の遅れが度々発生。これを事前に防ぐために「積載品のチェックシート」をひとつ追加しただけで劇的に変化した。「出直し出動」回数は大幅に減り、今までは漫然と積んでいた常備品も本当に必要かどうかの「棚卸し」を実施し、スリム化。これにより工事用車両の燃費も向上した。これもきっかけはISOの導入だった。
<会社D(製造業)>
クレームに対してはその場限りの対応で、その後の原因究明も対策もなし。
ISO導入を契機に再発防止のための「クレーム処理手順」を作り、クレームの再発は激減。
■結びにかえて・・・会社の取り組み方により、全く違うその効果
もともとこの話題はきれいにまとめる積もりはありませんでしたので、蛇足になってしまいますが、もう少しお付き合いください。
最後に私の経験の続きをお話しましょう。
私はその後設計部門とより緊密に付き合う部門に異動しましたが、そこの設計課長はISOを上から押し付けられたものというようなネガティブには捉えていませんでした。
即ち、ISOを設計上のプロセス管理にうまく活用して、業務に関する指揮命令系統と責任分担の明確化や、それぞれの設計イベントごとのインプット情報とアウトプット情報をあるべき姿に照らして定義することで、設計業務を企画段階の源流から見直し、設計の業務改善と生産性を向上させようとしていました。
かつてのISOのドタバタ劇をはじめとして、いろいろな経験を積んだ今にして思いますと、「ISOは導入する側のスタンスで毒にも薬にもなりうる」といえるのではないでしょうか。ISOの導入が目的ではなく、ISOはあくまでも業務改善のツールとして、現場で使いこなすこと、それが私の苦い経験から学んだ教訓といえるでしょう。
弊社のISOコンサルタントもほぼ同様な意見のようです。
「ISOは『錦の御旗』か『水戸黄門様の印籠』のようなもの。大抵の場合、現場もこれで動くし使わない社員はほとんどいない。ISOの対応すらできないひどいレベルの社員は辞めていく。経営者やマネージメント層が、経営のツールとしてこれを使う意志があるか否かで効果は天と地ほども違うものになる」
「会議」を例に取りましょう。
漫然と会議をやるのではなく、その会議の「インプット」と「アウトプット」を予め明確にすれば、結論がでないまま終了することはなくなることでしょう。
「稟議書」も責任者が複数人数いるのは意味がありません。曖昧だった責任分担と権限の範囲が明らかになれば、不必要に押されていたハンコの数も減ることでしょう。
「書類」も必要以上に記載事項が多ければ、改訂される頻度も増え、いつしかタイミングよくメンテナンスされずに、業務実態と違う記載内容が温存されますので、必要以上に体裁を整えて余計な内容を記載することはありません。
要は当たり前のことを当たり前にやり、それがキチンと文書化されていればいいだけの話です。
推進役を努める社員の資質の見極めも重要です。ISOの担当者を指名する場合、「仕事をしているフリをするのが得意な社員」は余計なことをやりたがりますから、まず候補者リストから外すべきです。
これからは「身の丈に合ったISO」の仕組み構築し、それを利用して上手に「経営のツールとして使いこなす」時代になることでしょう。
<会社A(サービス業)>
推進事務局のみで孤軍奮闘、一般社員は無関心、社長もノータッチで最悪のパターン。
結局ISOの取得は行わなかったが、業務マニュアルや職場環境の整備(整理整頓)などはISOが契機となって進展した。そのことだけでも満足してもらえたようだ。
<会社B(サービス業)>
ISO取得後、1年半で減収にも拘わらず増益を果たした。
もともと客先とのトラブルが絶えない会社で、仕事のイロハがなっていなかったところに、ISOの導入で「当たり前のことを当たり前にやりましょう」という改善をちょっとやっただけ。
その会社にコンサルのために出張する前の晩も9時ごろ、急遽翌日の打ち合わせキャンセルの電話があった。何のことはない、その会社が返品のトラブルに遭遇し、休日出勤で手直ししているのでとてもISOなどにかまっている余裕はないとのこと。
しかし、あとでよくよくそのトラブルの原因を探っていったところ、営業部員が客先での商談時にノートすら取っていないことが判明。「客先ではノートを取りましょう」という当たり前のことを実行してもらったところ、その種のトラブルは激減。
<会社C(建設業)>
工場から部材と工具を運び、現場で組み立てを行っているが、標準的な工具と部材は工事用車両に常備しているものの、積み忘れによる「出直し出動」で工事の遅れが度々発生。これを事前に防ぐために「積載品のチェックシート」をひとつ追加しただけで劇的に変化した。「出直し出動」回数は大幅に減り、今までは漫然と積んでいた常備品も本当に必要かどうかの「棚卸し」を実施し、スリム化。これにより工事用車両の燃費も向上した。これもきっかけはISOの導入だった。
<会社D(製造業)>
クレームに対してはその場限りの対応で、その後の原因究明も対策もなし。
ISO導入を契機に再発防止のための「クレーム処理手順」を作り、クレームの再発は激減。
■結びにかえて・・・会社の取り組み方により、全く違うその効果
もともとこの話題はきれいにまとめる積もりはありませんでしたので、蛇足になってしまいますが、もう少しお付き合いください。
最後に私の経験の続きをお話しましょう。
私はその後設計部門とより緊密に付き合う部門に異動しましたが、そこの設計課長はISOを上から押し付けられたものというようなネガティブには捉えていませんでした。
即ち、ISOを設計上のプロセス管理にうまく活用して、業務に関する指揮命令系統と責任分担の明確化や、それぞれの設計イベントごとのインプット情報とアウトプット情報をあるべき姿に照らして定義することで、設計業務を企画段階の源流から見直し、設計の業務改善と生産性を向上させようとしていました。
かつてのISOのドタバタ劇をはじめとして、いろいろな経験を積んだ今にして思いますと、「ISOは導入する側のスタンスで毒にも薬にもなりうる」といえるのではないでしょうか。ISOの導入が目的ではなく、ISOはあくまでも業務改善のツールとして、現場で使いこなすこと、それが私の苦い経験から学んだ教訓といえるでしょう。
弊社のISOコンサルタントもほぼ同様な意見のようです。
「ISOは『錦の御旗』か『水戸黄門様の印籠』のようなもの。大抵の場合、現場もこれで動くし使わない社員はほとんどいない。ISOの対応すらできないひどいレベルの社員は辞めていく。経営者やマネージメント層が、経営のツールとしてこれを使う意志があるか否かで効果は天と地ほども違うものになる」
「会議」を例に取りましょう。
漫然と会議をやるのではなく、その会議の「インプット」と「アウトプット」を予め明確にすれば、結論がでないまま終了することはなくなることでしょう。
「稟議書」も責任者が複数人数いるのは意味がありません。曖昧だった責任分担と権限の範囲が明らかになれば、不必要に押されていたハンコの数も減ることでしょう。
「書類」も必要以上に記載事項が多ければ、改訂される頻度も増え、いつしかタイミングよくメンテナンスされずに、業務実態と違う記載内容が温存されますので、必要以上に体裁を整えて余計な内容を記載することはありません。
要は当たり前のことを当たり前にやり、それがキチンと文書化されていればいいだけの話です。
推進役を努める社員の資質の見極めも重要です。ISOの担当者を指名する場合、「仕事をしているフリをするのが得意な社員」は余計なことをやりたがりますから、まず候補者リストから外すべきです。
これからは「身の丈に合ったISO」の仕組み構築し、それを利用して上手に「経営のツールとして使いこなす」時代になることでしょう。
■ISO9001導入効果に関する弊社ISO コンサルタントの見解
弊社では2007年の3月から(株)工業調査会が発行している月刊誌「M&E」に設けられた「ものづくり技術Q&A」コーナーで回答執筆を担当していますが、2007年の5月号にISO9001の実効性に関して疑問を投げかける質問が寄せられました。弊社コンサルタントの見解がコンパクトにまとめられていますので、(株)工業調査会 M&E編集部のご了承を得て、以下に転載いたします。
〜株式会社 工業調査会発行 M&E2007年5月号「ものづくり技術Q&A」より〜
回答担当:(株)浜テクアート主席コンサルタント 永江 究
Q:ISO9001を取得したものの、業務改善できない・・・どうすれば良いか?」(京都府 メーカー 男性)
A:日本でISO9001の取得が始まってから十数年が経ち、登録組織数も54,000件に達していますが、残念ながら現在でも
「書類が増えて、余計な仕事も増えて、面倒くさくなっただけで、うちの会社は何も良くなっていない」という話を少なからず耳にします。
これには大きく分けて2つの原因があります。
■原因1:品質マネジメントシステム(以下、QMS)が、会社の役に立つために有効に機能するように作られていない。
■原因2:経営者に、経営理念の実現のためのツールとしてISOを活用する考えがない。
この2つに起因した事例と改善策を、次に述べます。
1.ISO取得準備段階でQMSを構築するにあたり、ISO規格要求事項に対し過剰に厳格で複雑な仕事のルールにしてしまい、ルール通りに仕事をする事が困難なQMSになっていることが考えられます。
□事例1:文書の最新版が第何版なのかを証明するために、台帳で管理した上でその台帳が最新版である事を証明するための台帳の改訂履歴を作り、管理責任者が台帳と共に鍵のかかるキャビネットで保管する事にしていた。
そのため、文書を常に最新版にする、つまり改訂版を発行する事を敬遠するようになり、文書と実際の業務とが乖離していた。
加えて、最初にQMSを構築し文書類を作成した者が会社の中枢にいる幹部であったため、文書改訂が暗黙のタブーとなり、文書改訂に繋がるような改善は避けて通るようになっていた。
□改善策1:管理責任者を含めた幹部に対し、QMSが過剰に厳格で複雑になっており、機能しなくなっていることを理解していただく。
ISO規格要求事項を最低限満たすレベルで、自分達が納得できる自分達のため・会社のために役立つ仕事のルールに変え、ISOの審査のための文書と記録は廃止するという姿勢で、QMSを抜本的に見直し再構築します。
2.顧客からISO取得が商取引の条件とされたため、やむなくISOを取得し、経営者もISOに係わるコストを営業経費と割り切って登録を維持している会社が散見されます。
また、経営者を筆頭にした幹部がISOを取得し維持することで十分と考え、QMSの構築段階での業務の標準化、ノウハウの共有化などのレベルで留まっている会社があります。
さらに、経営者が目指す会社運営のあるべき姿を実現するためのマネジメントツールがシステムに組み込まれている事を経営者がよく理解していないため、経営者を含む幹部にISOを有効活用しようという発想がない事などが考えられます。
□事例2:品質目標がスローガン的なものとしては定められていたが、その目標を達成するための手段・方法を検討し、実行している形跡は無く、ましてや達成度の評価とその結果に対する対応などは全く行われていなかった。
ISO事務局に、予防処置はどのような事をやっていらっしゃいますかと伺ったところ「難しいんだよね。不適合を是正処置として対応するのか、予防処置として対応するのか、振り分ける基準でいまだに悩むんだよ」と答えられ、唖然とした事があった。
経営者に、“マネジメントレビュー”について質問すると“インタビュー”と勘違いしてご返事いただいた。
□改善策2:QMSの中での改善のためのキーポイントは、品質目標、是正処置、予防処置、内部監査、マネジメントレビューです。
これらのISOの改善のための要求事項を、担当者レベルだけではなく経営者やその他の幹部、管理責任者、ISO事務局などがよく理解し、自分達の会社に合った仕組みと活用方法を構築します。
その結果「ISOを活用しない手はない、有効に使って継続して改善を進め、製品も会社も良くして行こう」という機運を盛り上げて、有効活用、改善に繋げます。
(以上:株式会社 工業調査会 M&E編集部のご了承の上、2007年5月号より転載)
これは技術者向けの真面目な月刊誌に掲載された内容なので、かなり抑えたトーンの文章で書かれていますが、その基になった現場の実体験を聞いたところ、かなりのカルチャーショックだったそうです。
次号にその辺りの事情を紹介しましょう。
(以下次号に続く)
弊社では2007年の3月から(株)工業調査会が発行している月刊誌「M&E」に設けられた「ものづくり技術Q&A」コーナーで回答執筆を担当していますが、2007年の5月号にISO9001の実効性に関して疑問を投げかける質問が寄せられました。弊社コンサルタントの見解がコンパクトにまとめられていますので、(株)工業調査会 M&E編集部のご了承を得て、以下に転載いたします。
〜株式会社 工業調査会発行 M&E2007年5月号「ものづくり技術Q&A」より〜
回答担当:(株)浜テクアート主席コンサルタント 永江 究
Q:ISO9001を取得したものの、業務改善できない・・・どうすれば良いか?」(京都府 メーカー 男性)
A:日本でISO9001の取得が始まってから十数年が経ち、登録組織数も54,000件に達していますが、残念ながら現在でも
「書類が増えて、余計な仕事も増えて、面倒くさくなっただけで、うちの会社は何も良くなっていない」という話を少なからず耳にします。
これには大きく分けて2つの原因があります。
■原因1:品質マネジメントシステム(以下、QMS)が、会社の役に立つために有効に機能するように作られていない。
■原因2:経営者に、経営理念の実現のためのツールとしてISOを活用する考えがない。
この2つに起因した事例と改善策を、次に述べます。
1.ISO取得準備段階でQMSを構築するにあたり、ISO規格要求事項に対し過剰に厳格で複雑な仕事のルールにしてしまい、ルール通りに仕事をする事が困難なQMSになっていることが考えられます。
□事例1:文書の最新版が第何版なのかを証明するために、台帳で管理した上でその台帳が最新版である事を証明するための台帳の改訂履歴を作り、管理責任者が台帳と共に鍵のかかるキャビネットで保管する事にしていた。
そのため、文書を常に最新版にする、つまり改訂版を発行する事を敬遠するようになり、文書と実際の業務とが乖離していた。
加えて、最初にQMSを構築し文書類を作成した者が会社の中枢にいる幹部であったため、文書改訂が暗黙のタブーとなり、文書改訂に繋がるような改善は避けて通るようになっていた。
□改善策1:管理責任者を含めた幹部に対し、QMSが過剰に厳格で複雑になっており、機能しなくなっていることを理解していただく。
ISO規格要求事項を最低限満たすレベルで、自分達が納得できる自分達のため・会社のために役立つ仕事のルールに変え、ISOの審査のための文書と記録は廃止するという姿勢で、QMSを抜本的に見直し再構築します。
2.顧客からISO取得が商取引の条件とされたため、やむなくISOを取得し、経営者もISOに係わるコストを営業経費と割り切って登録を維持している会社が散見されます。
また、経営者を筆頭にした幹部がISOを取得し維持することで十分と考え、QMSの構築段階での業務の標準化、ノウハウの共有化などのレベルで留まっている会社があります。
さらに、経営者が目指す会社運営のあるべき姿を実現するためのマネジメントツールがシステムに組み込まれている事を経営者がよく理解していないため、経営者を含む幹部にISOを有効活用しようという発想がない事などが考えられます。
□事例2:品質目標がスローガン的なものとしては定められていたが、その目標を達成するための手段・方法を検討し、実行している形跡は無く、ましてや達成度の評価とその結果に対する対応などは全く行われていなかった。
ISO事務局に、予防処置はどのような事をやっていらっしゃいますかと伺ったところ「難しいんだよね。不適合を是正処置として対応するのか、予防処置として対応するのか、振り分ける基準でいまだに悩むんだよ」と答えられ、唖然とした事があった。
経営者に、“マネジメントレビュー”について質問すると“インタビュー”と勘違いしてご返事いただいた。
□改善策2:QMSの中での改善のためのキーポイントは、品質目標、是正処置、予防処置、内部監査、マネジメントレビューです。
これらのISOの改善のための要求事項を、担当者レベルだけではなく経営者やその他の幹部、管理責任者、ISO事務局などがよく理解し、自分達の会社に合った仕組みと活用方法を構築します。
その結果「ISOを活用しない手はない、有効に使って継続して改善を進め、製品も会社も良くして行こう」という機運を盛り上げて、有効活用、改善に繋げます。
(以上:株式会社 工業調査会 M&E編集部のご了承の上、2007年5月号より転載)
これは技術者向けの真面目な月刊誌に掲載された内容なので、かなり抑えたトーンの文章で書かれていますが、その基になった現場の実体験を聞いたところ、かなりのカルチャーショックだったそうです。
次号にその辺りの事情を紹介しましょう。
(以下次号に続く)
■日経ビジネスでも取り上げられたISO 導入悲喜劇の数々
もう一昔前の話になってしまいますが、日経ビジネスでは1999年10月25日号から3週にわたって「こんなISOはいらない」シリーズを掲載し、その実態と効果に対して疑問を投げかけました。のちにこの記事は2006年6月に「こんな経営手法はいらない」(日経ビジネス[編] 日経BP社発行)のひとつの章として上梓されました。
このシリーズでは
・ISO9001を下山工場(エンジン製造)でテスト的に取得後、全社的なISO9001取得の必要性を認めなかったトヨタや、
・ISO9001を取得したにもかかわらずリコール隠しが発覚した3ヵ月後に認証の更新期を迎えたが、問題点の指摘のみで認証が取り消されることはなかった富士重工、
・93年ごろから導入開始したものの、組織が変わるたびに書類の作成・メンテナンスが必要となるなど「カネと手間ばかりかかる」ということで工場長クラスから「もうISO9000はやめないか」という意見も出るようになった日立製作所、
・「毎月第2、第4土曜日はISOの日」とし、ISOの要求する書類を「偽造」しているゼネコン準大手A社、
文書管理規定が18ものバインダーに収められ、多いものだと承認印の欄が20個にもなってしまい、ISOの更新審査の度に書類のつじつま合わせをするハメになった大手電機メーカーB社、
・ISO取得を契機に品質担当者が過大な権限を持ってしまい、通常ならば権限外の購買方針にも口を出し、「購買先はすべてISO取得企業で揃えたい」などといいだし現場を不必要に混乱させてしまった大手自動車メーカーの子会社C社など、
さもありなんと思われる事例が次から次へと紹介されています。
■ISOは本当に品質向上に役立つのか?
筆者の個人的な経験(トラウマ?)からの先入観も手伝っているかもしれませんが、ISO9001が製品の品質向上に役立ったかどうかは大いに疑問です。面倒な書類作成業務は増えるし、余計な承認印を押してもらう手間はかかるし、内部監査で聞かれたときにバカのひとつ覚えよろしくお応えする「セリフ」は覚えなければならないし・・・、とにかく現場の人間にとっては、やらされることばかりです。「会社は役所じゃないんだ、いい加減にせい!」といいたいのをグッとこらえつつ、なるべくISOとは係わり合わないようにしようと逃げ回ってもいました。
その一方、ISOの関係者の査定は最高ランクにつけてやっていいのではないか、なぜならあんな面白くない損な役回りの仕事を我慢してやっているのだから・・・と思っていたことも事実です。
(以下次号に続く)
もう一昔前の話になってしまいますが、日経ビジネスでは1999年10月25日号から3週にわたって「こんなISOはいらない」シリーズを掲載し、その実態と効果に対して疑問を投げかけました。のちにこの記事は2006年6月に「こんな経営手法はいらない」(日経ビジネス[編] 日経BP社発行)のひとつの章として上梓されました。
このシリーズでは
・ISO9001を下山工場(エンジン製造)でテスト的に取得後、全社的なISO9001取得の必要性を認めなかったトヨタや、
・ISO9001を取得したにもかかわらずリコール隠しが発覚した3ヵ月後に認証の更新期を迎えたが、問題点の指摘のみで認証が取り消されることはなかった富士重工、
・93年ごろから導入開始したものの、組織が変わるたびに書類の作成・メンテナンスが必要となるなど「カネと手間ばかりかかる」ということで工場長クラスから「もうISO9000はやめないか」という意見も出るようになった日立製作所、
・「毎月第2、第4土曜日はISOの日」とし、ISOの要求する書類を「偽造」しているゼネコン準大手A社、
文書管理規定が18ものバインダーに収められ、多いものだと承認印の欄が20個にもなってしまい、ISOの更新審査の度に書類のつじつま合わせをするハメになった大手電機メーカーB社、
・ISO取得を契機に品質担当者が過大な権限を持ってしまい、通常ならば権限外の購買方針にも口を出し、「購買先はすべてISO取得企業で揃えたい」などといいだし現場を不必要に混乱させてしまった大手自動車メーカーの子会社C社など、
さもありなんと思われる事例が次から次へと紹介されています。
■ISOは本当に品質向上に役立つのか?
筆者の個人的な経験(トラウマ?)からの先入観も手伝っているかもしれませんが、ISO9001が製品の品質向上に役立ったかどうかは大いに疑問です。面倒な書類作成業務は増えるし、余計な承認印を押してもらう手間はかかるし、内部監査で聞かれたときにバカのひとつ覚えよろしくお応えする「セリフ」は覚えなければならないし・・・、とにかく現場の人間にとっては、やらされることばかりです。「会社は役所じゃないんだ、いい加減にせい!」といいたいのをグッとこらえつつ、なるべくISOとは係わり合わないようにしようと逃げ回ってもいました。
その一方、ISOの関係者の査定は最高ランクにつけてやっていいのではないか、なぜならあんな面白くない損な役回りの仕事を我慢してやっているのだから・・・と思っていたことも事実です。
(以下次号に続く)
■はじめに
ISO9001(企業の品質マネジメントシステムの要求事項を規定している国際的な規格)は90年代前半に日本の企業で導入が始まりました。1994年後半から現在までのその認証を受けた法人数(正確には「適合組織数」という表現を用いますが)の4半期ごとの推移は財団法人日本適合性認定協会のサイトのISO9001認証組織統計データの(6)適合組織 四半期推移グラフでご覧いただけます。
これによりますと、94年以降2005年ごろまで増加していた適合組織数が2006年に頭打ちとなり、2007年から漸減傾向を示すようになりました。
このデータひとつをみても、ISO9001はひとつの時代を終え、転機を迎えていることが伺えます。
■ISO9001の思い出
かつて家電メーカーに在籍していた90年代の初頭に、当時いた会社が日本でもかなりトップを切ってISO9001を導入したのを傍目でみていた経験からお話しましょう。
今から15年ほど前のことでしょうか。当時私はある会社の新商品の市場開拓担当でした。
その商品は非常にニッチで「オタクですら手を出さない」代物で、とても売り物にはならないだろうという妙な確信を抱いていましたが、何故か大勢の人が集まるイベントの余興としてはとても重宝して喜ばれるため、「本業」以外での「客寄せパンダ」としてお呼びが頻繁にかかったものでした。
その日も、横浜近郊に新社屋をオープンしたISO関連のコンサルティングと認証サービスを手がけている外資系の会社のオープニングパーティに呼ばれて、いつものようにデモ機材一式を持ち込み、一応そつなくお役目を果たしました。
私がこのパーティに呼ばれたのは、私の会社のある事業部が全社に先駆けてISO9001を取得活動中で、そのために監査業務もやっているこの会社の覚えをメデタクしておこうという不純な動機と魂胆はミエミエでした。
このパーティに私と同行したのは品質管理部門の部長(信楽焼きの大ダヌキにそっくりで品質管理部門には不利な容貌をしていました)とそれに従う「付き人」のような課長です。
この部長の容貌が災いしたのでしょうか、察するにその日に至るまでは、連日ISO取得のためにこのコンサルティング会社から日常の品質管理業務の目的やプロセスの明文化(エビデンスというのでしょうか)を巡って、質問攻めという「厳しいシゴキ」に遭っていたようでした。
パーティの酔いもあって緊張の糸がきれたのかもしれません、パーティ会場とは別の真新しいその会社のオフィスに闖入し、ファイル棚から勝手にバインダーを取り出して、「この書類は何のためのものですか?」などとふざけて、失礼にもコンサルタントの先生方に逆質問し、日頃のウップン晴らをしたりしていました。
パーティもお開きとなり、私も機材を撤収し、同行したふたりといっしょにその新社屋から退出しましたが、玄関ロビーから外に出たとたんに、このふたりから発せられた言葉に唖然としながらも、思わず笑ってしまいました。(今風にいいますと、「オオウケ」ですね)
大ダヌキ部長曰く、「チキショー、あんなやつらになめられてたまるか!」
付き人課長曰く「このままでは日本の会社はダメになる!」
ISO9001はその後、日本の製造業に普及しましたが、本当に品質向上に寄与したかどうかは疑わしいという意見は結構聞きます。そんな話を聞くたびに、あのパーティを懐かしく思い出します。
その後私は商品企画部門に異動しましたが、ISO9001の魔の手はこちらの部門にも及んでいました。当時の商品企画業務では企画立案に際し、簡単な企画書(正確な名称は「企画概要書」といいましたが)はありましたが、内容はかなり大雑把且ついい加減なものでした。そのため、よほどの企画変更がない限り企画書を変更するなどということはありません。
そんなわけですから、ISOの運用が始まるとそのままではとてもISOのドキュメントの管理基準をクリアーできないということで、その内容も大幅に見直されました。ところがそのドキュメントの作成とメンテナンスがもう大変で、次々と企画される商品に企画書作成が追いつきません。ついつい文書作成は後回しになり、事後につじつま合わせの書類を四苦八苦して作成したのを懐かしく思い出します。
(以下次号に続く)
ISO9001(企業の品質マネジメントシステムの要求事項を規定している国際的な規格)は90年代前半に日本の企業で導入が始まりました。1994年後半から現在までのその認証を受けた法人数(正確には「適合組織数」という表現を用いますが)の4半期ごとの推移は財団法人日本適合性認定協会のサイトのISO9001認証組織統計データの(6)適合組織 四半期推移グラフでご覧いただけます。
これによりますと、94年以降2005年ごろまで増加していた適合組織数が2006年に頭打ちとなり、2007年から漸減傾向を示すようになりました。
このデータひとつをみても、ISO9001はひとつの時代を終え、転機を迎えていることが伺えます。
■ISO9001の思い出
かつて家電メーカーに在籍していた90年代の初頭に、当時いた会社が日本でもかなりトップを切ってISO9001を導入したのを傍目でみていた経験からお話しましょう。
今から15年ほど前のことでしょうか。当時私はある会社の新商品の市場開拓担当でした。
その商品は非常にニッチで「オタクですら手を出さない」代物で、とても売り物にはならないだろうという妙な確信を抱いていましたが、何故か大勢の人が集まるイベントの余興としてはとても重宝して喜ばれるため、「本業」以外での「客寄せパンダ」としてお呼びが頻繁にかかったものでした。
その日も、横浜近郊に新社屋をオープンしたISO関連のコンサルティングと認証サービスを手がけている外資系の会社のオープニングパーティに呼ばれて、いつものようにデモ機材一式を持ち込み、一応そつなくお役目を果たしました。
私がこのパーティに呼ばれたのは、私の会社のある事業部が全社に先駆けてISO9001を取得活動中で、そのために監査業務もやっているこの会社の覚えをメデタクしておこうという不純な動機と魂胆はミエミエでした。
このパーティに私と同行したのは品質管理部門の部長(信楽焼きの大ダヌキにそっくりで品質管理部門には不利な容貌をしていました)とそれに従う「付き人」のような課長です。
この部長の容貌が災いしたのでしょうか、察するにその日に至るまでは、連日ISO取得のためにこのコンサルティング会社から日常の品質管理業務の目的やプロセスの明文化(エビデンスというのでしょうか)を巡って、質問攻めという「厳しいシゴキ」に遭っていたようでした。
パーティの酔いもあって緊張の糸がきれたのかもしれません、パーティ会場とは別の真新しいその会社のオフィスに闖入し、ファイル棚から勝手にバインダーを取り出して、「この書類は何のためのものですか?」などとふざけて、失礼にもコンサルタントの先生方に逆質問し、日頃のウップン晴らをしたりしていました。
パーティもお開きとなり、私も機材を撤収し、同行したふたりといっしょにその新社屋から退出しましたが、玄関ロビーから外に出たとたんに、このふたりから発せられた言葉に唖然としながらも、思わず笑ってしまいました。(今風にいいますと、「オオウケ」ですね)
大ダヌキ部長曰く、「チキショー、あんなやつらになめられてたまるか!」
付き人課長曰く「このままでは日本の会社はダメになる!」
ISO9001はその後、日本の製造業に普及しましたが、本当に品質向上に寄与したかどうかは疑わしいという意見は結構聞きます。そんな話を聞くたびに、あのパーティを懐かしく思い出します。
その後私は商品企画部門に異動しましたが、ISO9001の魔の手はこちらの部門にも及んでいました。当時の商品企画業務では企画立案に際し、簡単な企画書(正確な名称は「企画概要書」といいましたが)はありましたが、内容はかなり大雑把且ついい加減なものでした。そのため、よほどの企画変更がない限り企画書を変更するなどということはありません。
そんなわけですから、ISOの運用が始まるとそのままではとてもISOのドキュメントの管理基準をクリアーできないということで、その内容も大幅に見直されました。ところがそのドキュメントの作成とメンテナンスがもう大変で、次々と企画される商品に企画書作成が追いつきません。ついつい文書作成は後回しになり、事後につじつま合わせの書類を四苦八苦して作成したのを懐かしく思い出します。
(以下次号に続く)


